タナカが背負いすぎてしまった介護。

しつこいようだが、やったきたことは、

全て記しておこうと思う。

 

もう少しお付き合いください。

 

退院日に確認・調整・練習をしたのは、

トイレに関する動作の確認・練習、

運動量の確保のためのベッドの高さ調整。

次に行ったのは、入浴動作だ。

 

お看取りから戻った後、その日の午前中に入浴方法の確認を行った。

更衣動作・洗顔洗体動作は、近位監視レベルで可能だった。

が、近位の監視が確保できなかった。

 

タナカ「オカン、お風呂もシャワーまでなら、オヤジがいるときなら可能やけど」

母「なんでお父さんに裸を見せなあかんの、この年になって」

タナカ「そんなことは、言ってないよ。たまにコケるかもわからんし、お風呂の時は近くにおってもらい」

父「オレもお前のオカンと風呂なんか入る気にならんわ。あいつなら大丈夫や。勝手に入ればええ」

タナカ「もしコケたら、困るやんな。そうなったら、どうする気や?」

父「こけへんこけへん。気合が足らんのや、あいつは。オレも風呂入らなあかんし、帰るは、家に」

タナカ「オカンの風呂の間くらいは、こっちにおってや」

父「オレも次の日仕事やから、風呂までは付き合われへん」

母「私も一人で、大丈夫や」

タナカ「・・・・・・・・・・・・・」

 

こんな会話の中、

段差のある風呂場からの出入りや、

洗体時の足を洗う動作、

更衣の中でも下衣更衣動作時、

フラつくだけでなく、

何度か転倒しかけて手をかさなければいけなかった。

 

独居での入浴の安全確保は程遠く、

別宅老健での目標達成も程遠く、

介護離職回避も程遠く、

何もかもが程遠く感じてしまった午前中。

 

それでも、寒い冬。

母も浴槽には浸かりたいだろうなと思って

スーパートランスっていう技を使って、入浴介助もした。

母のお尻も洗った。足の指もきれいに洗ってあげた。

背中もゴシゴシ洗った。その後、

お風呂掃除ももちろんした。

 

なぜだか涙が出た。

 

両親には、伝わらない。

介護は、無償の愛でなければできないものだな。。。

タナカは、修行がたらんなあ。。。。

 

介護離職防ぐことができたのは、

詳しくはかけないが、

タナカの仲間のおかげだった。

 

まさかの時には、結束を。

いついかなる時にも愛を。

どこかに書いてあった。

 

身にしみる。

 

つづく。

 

 

 

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