ザイタク看取りをした帰りの車中で、
もう何度この会話をしただろう。
「穏やかだったなあ、、、ご家族に、なにか、もっと話してあげればよかった?」
「いいえ、あれ以上、何もいりません。故人の穏やかなお顔が、静かに、全てを語ってくれてますよ」
ザイタクをしていると、
こんな穏やかな旅立ちは、日常だ。
でもやっぱり、『死』は非日常なのだろう。
この非日常である『死』の話は、
『穏やかな死』であるにもかかわらず、
知られていない故に、よく嫌われる。
人間の感情の中でも、
『知らない』と『嫌い』は似ている感情らしい。
もしも、ザイタクでの『死』が、
こんなにも素晴らしく穏やかで、
まさに、『尊厳死』であることが、
もっともっと、知られることになれば、
きっと『死』の話は、
忌み嫌われるものでなくなると思う。
今朝の旅立ちも、穏やかで、静かで、そして、
ご家族想いであった彼らしい『尊厳死』だった。
これからも、
この大切な『死』について、
伝えていきたいと思います。
ありがとうございました。
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