第4話 お経在宅 前編

「また、来てや。」と九十五歳のカツさん。
「また、来るで。」と言って家を出る。

今年のお正月頃からお付き合いが始まって、半年が過ぎた。カツさんには右頬に皮膚癌があり、最近では、「ま~た~来て~や~。」と弱々しくなってきた。カツさんの家からの帰り道、いつも一緒に回っている保健師さんと、『カツさんどう思ってるかなあ?』『幸せなんかなあ?』ということを話すのだが・・・。こんな医者っぽい自分勝手な思いと格闘しながら、この何とも言えないほのぼのとした会話を繰り返している。いや、もしかしたら、この会話がしたくてカツさんに会いに行ってるのかなと思ったりもする。

クリニックをスタートさせて五年が過ぎた。医師になって六年目に大好きだった祖母が肺癌で亡くなった。その祖母が余命一か月を宣告された時、『病院はイヤや。はよ家帰る。絶対家に帰る。』と病室で打ち明けてくれたことを今でも思い出す。それから、在宅での祖母、祖父、母、私の四人での介護生活。私の人生において、とても大切な一か月となった。その肺癌で亡くなった祖母との最後の一か月の経験を財産に始めたクリニック。どの患者さんとお付き合いする時にも、その祖母との一か月を思い起こしながら、お付き合いをさせていただいている。この五年で、たくさんの方とお付き合いをさせていただき、たくさんのことを教えていただいた。カツさんとのお付き合いでも、また然りであった。

「また、来てや。」「また、来るで。」
その一か月になるまでに祖母ともこんな会話を何度もしたなあと、ふと思い出す。カツさんにも、その一か月が徐々に近づいてきていた。カツさんの暮らしているお部屋には、ネズミがいたり、いろんな虫がいたり、と賑やかだ。網戸はなく、外の風がとても心地よい。なぜだかお正月以来片付いていないカビの生えたお供えのおもち。それでもちゃんとお供えされている。伊勢神宮の遷宮(せんぐう)の儀(ぎ)で何度も話に出る天(あま)照(てらす)大御神(おおみかみ)の掛け軸。その横には先祖のご位牌がたくさん並ぶお仏壇。そしてカツさんの夫の遺影。神様や仏様や夫やら、とカツさんのお部屋の床の間にはいろいろな大切な方々がおられ、カツさんを見守っている。ベッドは、その床(とこ)の間(ま)を枕元に、設置され、そこから、「また、来てや。」を繰り返す。

つづく