第2話 プロローグ

彼方笑吉(かなたしょうきち)は、高校時代、卒業生による職業紹介文集を読み、医師になることを決意した。

卒業生が高校生の彼らに贈ったその文集の医師のページは、次のようなものであった。

 

 

死に行く人を前に

 

 私は医師になり20年になる。10年前からは終末期医療を専門とする開業医となった。

 医師というと、『患者の病気を治す人』というイメージを持っている人はたくさんいるだろう。しかし、終末期医療の医師は『治らない病気の患者と向き合う人』なのだ。

 私は元来引っ込み思案な性格で、人と接することが苦手な少年だった。何だか頼りないその少年は、周囲の人に助けられる毎日の中で、「いつか人の役に立てるようになろう」と思い始めるのだ。そして、祖母の病をきっかけに、医師になり患者を助けられる人になろうと決めたのだ。

 医師になりたての頃は、何とか患者の病を治そうと奮闘していた。つまり、多くの人が持つ医師のイメージである『患者の病気を治す人』になろうとしていたのだ。

 しかし、医師を続けているとあることに気づくのである。-治らない病気がある。-ということだ。そして、そんな患者の前では、医師である私は無力なのである。

 ただ、本当に何もできないのだろうか。

 誰にも来るであろう人生の終末期や病気の末期に、患者が残りの時間を自分らしく過ごし、満足した最期を迎えることをサポートする。これは、生きることを支えるという医師の仕事のひとつであると考え始め、終末期医療を専門にすることにしたのだ。

 診察時間は長い。よく患者の話を聞くためだ。昼夜問わず、患者やその家族からの電話がなる。深夜などは正直つらい時もある。子供たちの行事に参加したくても参加できないことも多かった。海外に旅行に行くことも簡単には出来なくなった。(学生時代にもっと旅をすれば良かったと後悔している。)

 しかし、これらのこと以上に、患者から学ぶことがたくさんある。あるがんの末期の患者を診ていた時だった。意識が混濁していくその患者の前で、他の患者からの電話がなった。すると、その目の前にいる患者がこう言ったのだ。

 「電話に出てあげて下さい。先生の助けが必要なのだから。」と。もう数時間後に息をひきとるであろうそんな時に、自分以外の人を気遣えるなんて・・・正直、私自身そんなことができるか自信はない。医師である私は、その患者から「どう生きるか」を学んだ瞬間だった。その患者が息をひきとる時、心の中で「ありがとうございました。」と私は何度も繰り返した。ただ、立ち止まってはいられない。また、次の患者が待っているのだ。このように、医師として、人としての学びが続くのだ。

 学生の皆さん、医師を目指すには「僕は理数系に弱い」とか「私は英語が苦手だ」とか、そんなことは気にしない。死に行く人の前では、数学の公式や英語の文法は必要ないのだ。ただ1つ、学ぶ姿勢さえあれば道は開かれている。そして、その道の先に、『医師』が見えたなら、ぜひ、私と医療の未来について語り合おう。私は、君からも何かを学ぶ覚悟でいる。

 

Boys and Girls, Be ambitious!

 

 

この文章を読んで、彼方笑吉は、医師になりたい!と思うようになった。

そこには、冷たい苦しい『?』は微塵もなかった。

その後、彼は、無事に現役で、医大に合格し医師を目指すことになったのだ。

 

つづく。