心臓外科の病棟には、いつも何人か、自宅に帰ることのできない患者さんがいた。

彼らは、術後感染が主な原因で、入院が長期化し、褥瘡や開放創が、治癒せず毎日処置をしなければいけない状態にあった。

病気は治っていても、褥瘡があった。そのため、家には帰れなかった。

 

笑吉は、

毎日毎日、

超早朝血液検査した後、

早朝教授回診後、

朝褥瘡を処置していた。

創部の洗浄が主な作業だった。

そして、ガーゼを創部に詰め込む単純作業だった。

 

心の中は、毎日一緒だった。

この褥瘡は、だれか、治す気あるんやろか?

 

その時感じた『?』は、毎日繰り返しても、答えはなかなか見つからなかった。『治す気はない』が答えかと思ってしまうくらいだった。

 

患者さんたちは、もう生活の一部となっていた。

超早朝血液検査を横目で見ながら、

詰め所横の洗面所で歯を磨き、顔を洗い、

早朝教授回診が終わる頃には、処置室で待機。

朝褥瘡を洗い、ガーゼを詰める。

 

彼らは、その朝の日課が終わると、他にはやることはない。

 

 

手術が段取りよく進まず(原因は医者?)手術時間が長く、感染が起こりやすくなり、

術後感染により、褥瘡や開放創ができ、入院が長期化し、入院そのものが生活へと変わっていく。

 

笑吉は、そんな毎日の処置が、とっても面倒臭く、ダラダラと時間をかけていた。

 

お前は、手術を勉強したいのか?褥瘡のガーゼ交換をしていたいのか?

病棟の詰め所で、同期の看護師や、婦長がいる前で、医長にこっ酷く叱られた。

 

笑吉は、なんでかわからないが、涙が溢れた。

笑吉は、患者さんのためか?自分のためか?と聞かれた気がした。

 

自分のためなら、手術を選択し、

患者さんのためなら、褥瘡を選ぶ。

 

先輩の言葉に悔しかったのではなく、自分自身に悔しかったのだと思う。

自分自身が、もっと真剣に褥瘡に取り組むべきだった、

患者さんに向き合うべきだったと後悔の気持ちだった。

そして、涙が溢れた。

 

 

しかし、あの時は、情けない程ちっぽけな笑吉だった。

手術を勉強したいに決まってます。

とよく考えないまま、嘘を答えていた。

 

今なら、言える、もちろん、褥瘡だと。

 

そして、もっと真剣に、取り組むべきだった。褥瘡に関して。

今も後悔している。彼らは、褥瘡を治して家に帰りたかったはずだ。

 

たかが褥瘡、されど褥瘡。

 

病気を手術で治すことも大事だが、褥瘡も、治すことが、大事だ。

予防することも大事だ。家に帰るために。家で暮らすために。

 

笑吉は、

褥瘡、勉強しようと、

あの涙の日から、

やっと思うようになった。