そう言えば、思い出したぞ。

うちのクリニックには、

ドクターがもう一人いる。

 

兵庫県丹波市の、

県立柏原病院の副院長をされていた、

産婦人科医の上田康夫先生だ。

 

上田先生は、

丹波市や丹波篠山市の、

赤ちゃんを何人もとりあげてこられた。

上田先生には、いつも感謝でいっぱいだ。

丹波圏域の地域医療構築を共に画策した同志でもある。

 

 

丹波市や丹波篠山市では、お産からお看取りまで、

3世代に渡ってお世話になった市民さんは多い。

 

 

今朝、

上田先生と、初めて、

ザイタク医療のことを話したシーンを、

ふと思い出した。

 

当時の丹波市は医療崩壊の危機にあった。

 

丹波医療再生ネットワークや、

兵庫県立柏原病院の小児科を守る会

等々

 

の活動がある中で、県立柏原病院の現状や、

丹波圏域の地域医療のことを、一緒に話をしたり、

圏域地域医療問題解決に向けて、共に画策したりしていた。

 

 

柏原病院内で、ザイタク医療のことを話した、

最初で最後の日、こんな会話だったことを、思い出した。

 

タナカセンセのその往診鞄エエなあ。

そんなん持って、患者さんの家々回って、

生活をみてる医者がエエわ。

もうオレ、それするわ。

医者の原点みたいなんがエエわ。

 

こう話された。

 

 

あの日以降しばらくして、

うちのクリニックは、医師2人体制になった。

 

そして、今がある。

 

当時の地域医療での画策については、

また話していきたいと思う。

 

キーワードは、やはり、市民との対話。

今日もありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 


ブログランキング参加中です。クリックよろしくお願いします。

にほんブログ村 病気ブログ 医者・医師へ
にほんブログ村


人気ブログランキング

たなかホームケアクリニックYOUTUBEチャンネル登録よろしくお願いします。