コロナで大きく世界が変わった。
って、言われるが果たしてそうだろうか!?
20年前、祖母を在宅で看取った。が、
同じ年の年末、祖父を病院で見送った。
70代前半の祖母より10歳年上の祖父は、80を越えて、人工透析を導入した。
腎機能も年齢相応で低下していたが、透析を導入しなければ、全身倦怠感が増し、
苦しみますよ。と言う医療者の優しい正義の言葉を信じ、80過ぎて透析を導入した。
祖母が肺がんを患い、祖父の面倒は身内にあまり看てもらえず、一人、
透析の送迎タクシーにフラフラ乗り込む姿は、本当に痛々しかった。
祖母が白梅の咲く3月に旅立った後、主介護者の娘は自分の生活に戻り、
孫の僕が、篠山病院勤務が始まった中で、見守りと介護を兼ね、
夜の生活だけを祖父とともにした。
人工透析のあった日は、夜中中、唸り、声を出し、頻回に僕を起こす。
夜中に見た、ギョロッとした目で苦しむ祖父のリビングウィルは、
透析導入時に誘導的に説明のあった、『苦しまない』最期であったはず。
大好きな祖母に先に旅立たれ、頼りの一人娘の僕の母は、
祖父の介護から離れ、孫の僕の夜間の介護をあてに暮らす。
こんなにも、一人、寂しく、苦しむ、人工透析後の時間が、
来るなんて、いったい誰が説明できるだろう?
祖父は、大晦日の前の日、一人透析に向かい、その帰宅時に大量の下血。消化管出血。
駆けつけた孫の僕は、医者5年目で、その瞬間、祖父の『死』を想像できたにも関わらず、
救急車要請し、緊急入院。血液データのみで病院医と共に再透析の判断。
透析室に車椅子で向かう祖父が、手を振っていたのが、最期の姿となった。
祖父は一人、透析中に旅立った。祖母と同じように家で死にたかった祖父なのに。
患者が、こんな優しい正義の医療を信じ、人生を懸けた後に、
想像できなかった苦しみが自身に訪れているにも関わらず、
今も変わらず、僕らが提供する医療は、その苦しみに目をつむり、
今もなお、そこに誘導している現実の世界。
コロナで世界は変わったなんて、全くの嘘だ。
この医療の世界は、結局変わってなんていない。
それでも、そろそろ本気で、そんな世界を変えたくて。
まず手始めに、あなたのリビングウィルを守りたい。
だからできることは、シンプルだ。
目の前の大切なひとを、一生懸命に愛そう。
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