「最近、死が軽くなってきてる気がするんですよ、ほんまに。」
これは『シン・けったいな町医者』の一場面のタナカのセリフ。
在宅医療を支える在宅療養支援診療所の制度は、
2006年に創設されたから、今年で二十年だ。
この制度は、一体、何を目指してきたのだろう。
在宅医療の効率化、ビジネス化を目指したのか。
もちろんそれは医療機関の経営を改善してきた。
その問題解決と裏腹に患者の『死』は軽くなり、
経営改善の一つの材料にされてしまった昨今。
先日、東京渋谷で上映会&トークショーがあった。
その後の懇親会で地域の訪問看護師さんに聞いた。
看取り救急搬送が常態化していると。理由は、、、
そこのコスパが悪いからだとすぐに想像できた。
『死』は、死の三徴候(心停止・呼吸停止・瞳孔散大対光反射消失)で、
診断されるのだが、実際には、呼吸が止まり心臓が止まるまでの時間は、
少しある。聴診器をその心臓に当てると、心筋の収縮音はまだ聴こえる。
僕はお看取りの時、世代間交流が大切だと考えているので、いつも、
そこに集まるお孫さん達に僕の聴診器で最後の心音を聴いてもらう。
大抵みんな、そーっと静かに息を飲んで聴診する。その静かな時間。
この時間をそこに集まるみんなで共有する荘厳な時間が素晴らしい。
『死』は、診断の点ではなく、線でもあり、面でも、立体でもある。
それを世代を越え共有し語り継いでいけば『死』は軽くはならない。
今朝、九十代のお一人暮らしの男性が、旅立たれた。
状態が悪くなってからは息子さんが泊まられていた。
穏やかに静かにそっと旅立たれた。
インフルエンザのお孫さんは、みんなにうつしてはいけないと、
その場にはおられなかったので、ご一緒した訪問看護師さんに、
次の訪問があって急がれていたのだが、そこを引き留め、
一緒に聴診器を心臓に当て、最後の心音、心筋収縮音を聴いた。
10年目のベテランの訪問看護師さんであっても、
その最後の心筋収縮音を聴くことは初めてとの事。
『死』の文化を豊かにしよう。お金では得れないものがここにある。
今日も素晴らしいザイタク看取りを経験させていただいた。合掌。
二十歳になった在宅療養支援診療所の制度。
そろそろ本気で『死』の文化を豊かにしたい。
今こそ、双方向の『ザイタク』に取り組もう。
良かったら聴いてください。
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