あの日の悲しみが古傷になって時に痛もうとも。

母がベッドサイドにもたれたまま、

息絶えていた姿を見たのは5年前。

それは、2021年11月8日のこと。

 

 

あの日、ツノちゃんとインスタライブをしていた19時に、

父からの2年ぶりの電話があった。母が息していないと。

 

 

直ぐに車を飛ばし茨木へ。その道中の電話も、

着いてからの父との会話も、全て思い出せる。

 

 

あの日、母の変わり果てた姿を見てしまったあの瞬間、

『ザイタク』を止めようと思った。のは確かだった。

 

でもその二日後、相談所のテナントを借りに出向いていた。

それは、認知症の偏見をこの世から取り払いたかったから。

偏見を無くすための拠点が、どうしても欲しくなったから。

 

 

認知症に対する本人の、認知症に対する家族の、認知症に対する社会の、

その全ての、偏見が、母の見るも無残な姿を生んだと、ある種、怒りの感情だけで、

この場所を拠点にし、偏見と闘うことを決意した。あれから5年たった。

 

 

寒くなってきた秋の匂いを感じながら、

 

クリニック待合室をなんでも相談待合室にする挑戦や、

「シン・けったいな町医者」の上映会&座談会の挑戦、

そして、

菌太郎&銀太郎と共に耕す「かなた農園」の挑戦、等々、

 

少しセンチメンタルな気持ちに浸りながら、、

5年間の挑戦の素晴らしさを振り返った土曜日。

全ての出来事と全ての出逢いに感謝した土曜日。

 

 

母の供養も、父、妻の供養も、

挑戦し続けることだと思う。

 

明日からも挑戦し続けよう。

 

今日もありがとうございました。

 

良かったら聴いてください。

 

 

 

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