つづき③『介護離職』

母の手術は成功した。

 

骨折後、まず第一は、早い段階での手術が重要となる。

ベッドに居る時間が長ければ長いほど、筋肉が小さくなっていく。

骨折手術の場合は、早期な程、良い。

母は病院の先生方のおかげで、骨折の3日後に手術していただけた。

あとはどんどん許された範囲で体重をかけていき、再び歩けるようにリハビリをしていく。

 

手術の次はリハビリ病院の選択だ。

術後1週間で、どの病院にリハビリ入院するのか返事をしなければいけない。

このあたりで、母親のことを父親に任せるべきだったように思う。

父親は、リハビリの時期に病院を移る仕組みを理解していなかった。

手術をした病院でリハビリもして、家に帰ることができる、全く元の生活ができる、

と考えていたようだった。

 

母親は、タナカに頼りっぱなしで、自分自身の病状を父に伝えることもできていない。

そして、タナカが医者であるため、病院もあえて父親に説明することはない。

この説明をタナカが父親していなかった、いや、そんな話なんかできる余裕がなかった、と言ったほうが正しい感じ。

 

今話題の人生会議でも、言われているが、

緊急の事態に、全く話し合う余裕がなくなる。

母親も父親も、病気になったときどうする?という話は、

まったくしてこなかった。そんなことが身に起こるなんて想像すらできていなかった。

その結果、どんどんとどこかへ転がり落ちていく感じで、事態が変化していった。

 

さらに、タナカ自身もここで抱え込んでしまった。

介護離職にむかうのは、必然で、今も反省している。

『まかせる』ということをすれば、もう少し違っていたのかもしれない。

介護離職は自分自身の問題でもあったんだと考えている。

 

結局、母のリハビリは、大阪ではなく、三田で行うことにしたのだった。

8月1日にコケて骨折し、3日に手術を受け、31日に三田のリハビリ病院へ。

生活が、激変していく、母親も、父親も、そして、タナカも。

介護離職は、こうして進んでいくのかな・・・。

 

つづく。

 

 

 

 

 

 

 

 

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